ステルス技術はどう生まれたか ソ連の数式からF-117誕生まで
画像:米空軍撮影によるF-117ナイトホークの公式写真(Wikimedia Commons掲載、パブリックドメイン)。
現代の戦闘機の多くが備えるステルス性(低被探知性)は、皮肉にもソ連の物理学者が1962年に発表した論文が出発点になっています。米国はこの理論を応用し、1977年の試作機ハブ・ブルーを経て、1983年に世界初のステルス実用機F-117ナイトホークを実戦配備しました。その開発の道のりを分かりやすく説明します。
出発点はソ連の数式だった
1962年、ソ連の物理学者ピョートル・ウフィムツェフは、平面(フラットパネル)に電波が当たった際の反射のしかたを予測する数式を発表しました。この研究はソ連本国よりも米国側で強い関心を集め、1970年代後半にロッキードのスカンクワークスが、レーダー反射断面積(RCS)を最小化する機体形状の研究に着手する土台となりました。
1975年夏、米国防高等研究計画局(DARPA)が実施した低被探知性コンペティション(通称「ポールオフ」)で、スカンクワークスの設計案が採用されました。
試作機ハブ・ブルーの初飛行
この研究から生まれた実証機がハブ・ブルーです。1977年12月1日に初飛行し、ネバダ州グルームレイクで試験が行われました。ハブ・ブルーは、航空力学ではなくレーダー工学によって外形が決定された、世界初の固定翼機とされています。平面を多用した多面体形状(ファセット構造)でレーダー波を送信源とは異なる方向へ反射させ、電波吸収材と組み合わせることで低被探知性を実現しました。
F-117ナイトホークへ
ハブ・ブルーの初飛行成功から1年足らずで、DARPAはスカンクワークスに対し、実用機開発計画「シニア・トレンド」(後のF-117ナイトホーク)の契約を発行しました。契約からわずか31か月後の1981年に初飛行を果たし、1983年に実戦配備されています。F-117は1991年の湾岸戦争で運用され、ステルス機の実戦での有効性を世界に示しました。
F-117からその先へ
F-117が切り開いたステルス技術は、その後F-22ラプター(2005年運用開始)、F-35ライトニングII(2015年運用開始)と発展し、現在は米国の次世代戦闘機F-47や日英伊共同開発のGCAPなど、次世代機の設計にも引き継がれています。半世紀近く前のソ連発の数式が、現代の航空戦の姿を規定し続けていることになります。
公開情報の範囲で分かっていること
確認できているのは、(1)1962年のウフィムツェフの研究がステルス機設計の理論的土台になったこと、(2)1977年にハブ・ブルーが初飛行したこと、(3)1981年にF-117が初飛行し1983年に実戦配備されたこと、(4)F-117が1991年湾岸戦争で運用されたこと、の4点です。個別の技術仕様(電波吸収材の具体的な組成など)は公表情報の範囲を超えて推測しません。
一次資料・参考資料
本記事は公開されている資料をもとに作成しています。非公表のレーダー反射断面積の具体的数値や電波吸収材の技術詳細は推測していません。
