山本五十六機はなぜ撃墜された? 護衛零戦6機では防げなかった「海軍甲事件」の実像

1943年4月18日、山本五十六を乗せた一式陸攻はブーゲンビル上空で撃墜されました。これは偶然の遭遇ではなく、暗号解読をもとに計画された長距離待ち伏せ作戦でした。
米軍は視察予定を事前に知っていた
米軍は日本海軍の暗号電報を傍受・解読し、山本の視察日程を把握しました。この情報をもとに迎撃作戦が立案されました。
16機のP-38が迎撃地点へ
4月18日、16機のP-38がブーゲンビル付近へ到達。米側が予想した通り、2機の一式陸攻と6機の零戦が現れました。4機が爆撃機攻撃を担当し、残る機体が護衛零戦への対応を担いました。
「6機対16機」以上に大きかった情報格差
護衛側は通常の要人護衛任務として飛んでいた一方、迎撃側は時間と場所を知って待ち伏せしていました。この条件では、護衛側が反応できる時間は極めて短くなります。
P-38が選ばれた理由
作戦の鍵は航続距離でした。ガダルカナルからブーゲンビルへ大きく迂回し、迎撃後に帰還するため、長距離飛行が可能なP-38が必要でした。成功は機体性能だけでなく、暗号解読、時刻計算、航法、低空飛行の組み合わせによるものです。
参考資料
「護衛6人が無能だった」という単純な責任論ではなく、確認できる情報戦・作戦条件を中心に再構成しています。

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