ハリアーはどうやって垂直着陸した? ペガサス1基の仕組みとF-35Bとの決定的な違い
画像:U.S. Marine Corps / Public Domain
戦闘機なのに、その場で止まり、そのまま真下へ降りられる。AV-8BハリアーIIを有名にした垂直離着陸は、F-35Bとはまったく違う仕組みで実現していました。ハリアーには機首側のリフトファンがありません。1基のロールス・ロイス製ペガサスエンジンから出る空気と排気を4つの可動ノズルへ分け、それ自体を下向きへ曲げます。
答えは「4つのノズルを同時に回す」
ハリアーの胴体左右には、前後2個ずつ、合計4個の大きなノズルがあります。通常飛行ではノズルを後ろへ向け、一般的なジェット機と同じように前進する推力を得ます。
垂直離着陸では、この4つを下へ回します。米国立海軍航空博物館の説明では、前側の2つにはタービンを通る前のバイパス空気、後側の2つには高温のジェット排気が送られます。前後4か所の推力を合わせることで、機体重量を支えてホバリングします。
ヘリコプターのローターを付けるのではなく、ジェットエンジンの噴射方向そのものを変える「Vectored Thrust」がハリアーの核心です。
エンジンは1基だけ
AV-8Bの動力はRolls-Royce Pegasus F402系ターボファン1基です。米海軍歴史遺産司令部の仕様では、AV-8BはF402-RR-404推力偏向ターボファンを1基搭載します。
これは構造上大きな利点です。通常飛行用エンジンと垂直飛行専用エンジンを別々に積む必要がなく、同じペガサスが離陸、巡航、戦闘、着陸をすべて担当します。
一方で、垂直飛行中に頼れる主推進源もこの1基です。エンジンや推力偏向系の余裕が小さく、重量・気温・燃料・兵装の制約を強く受けます。
完全な垂直離陸は「できる」が、いつもやるわけではない
AV-8Bは垂直離陸できます。しかし、戦闘任務で兵装と燃料を多く積みたい場合は、滑走路や飛行甲板を短く走って離陸するShort Takeoffを使う方が有利です。
米海軍の公式仕様では、AV-8Bの最大短距離離陸重量は31,000ポンド、約14.1トン。一方、最大垂直離陸重量は18,900ポンド、約8.6トンです。垂直に浮かせるには、エンジン推力だけで機体重量を支えなければならないためです。
「垂直離陸できる戦闘機」だからといって、常に垂直に飛び立つのが最適なわけではありません。ハリアーの実用性は、必要に応じて短距離離陸と垂直着陸を組み合わせられる点にありました。
前後だけでなく、姿勢も制御しなければならない
飛行機が前進しているときは、翼や尾翼に空気が流れ、操縦舵面が効きます。しかしホバリングでは対気速度がほぼゼロになるため、通常の補助翼や方向舵だけでは機体姿勢を維持できません。
ハリアーは機首・尾部・翼端などの姿勢制御用ジェットを使い、圧縮空気を噴射して機首上げ下げ、ヨー、ロールを制御します。主ノズルが機体を浮かせ、細い反応制御ジェットが姿勢を整えるという役割分担です。
F-35Bは「前に別のファン」を置いた
F-35Bでは考え方が大きく変わりました。Rolls-Royce LiftSystemは、エンジン前方のLiftFan、エンジンからファンへ動力を送るドライブシャフトとクラッチ、後部排気を下向きへ曲げる3 Bearing Swivel Module、左右のロールポストで構成されます。
F-35Bは主エンジンの排気だけで前後4ノズルを作るのではなく、機首寄りの大径ファンで冷たい大推力を作り、後方の可動ノズルと組み合わせます。Rolls-RoyceによればLiftFanだけで20,000ポンドの冷推力を発生し、ドライブシャフトには最大29,000馬力が伝達されます。
なぜF-35Bはハリアー方式をそのまま使わなかったのか
Rolls-RoyceはF-35Bの開発で、ハリアーより大きな出力を得ながら重量を抑え、安定性と制御を高め、さらにSTOVLと超音速飛行を両立させることが重要だったと説明しています。
ハリアーは画期的でしたが、機体レイアウトは大きなペガサスエンジンと4ノズルを中心に決まります。F-35Bはステルス、内部兵装、超音速、センサー統合とSTOVLを同時に成立させる必要があり、LiftFan方式へ進みました。
2026年、米海兵隊のハリアー時代が終わった
米海兵隊はAV-8Bを1980年代から約40年にわたり運用しました。2025年にはVMA-231が最後のハリアー飛行を終え、2026年6月3日には最後の運用ハリアー飛行隊VMA-223がCherry Pointで「sundown」式典を実施しました。
海兵隊はこれをF-35B/Cを中心とする第5世代戦術航空部隊への移行の節目と位置付けています。翌6月4日には、再編されるVMFA-231がF-35Bで最初の飛行を行いました。
ハリアーが残したもの
AV-8Bの最大の功績は、「大型空母がなくても固定翼ジェットを前線近くで運用できる」ことを長期間、実戦部隊で証明した点です。
F-35Bはハリアーと同じ仕組みではありません。それでも、強襲揚陸艦や短い滑走路からジェット戦闘機を運用するという発想、そしてSTOVLを実戦で使うための運用文化はハリアーから直接つながっています。
まとめ
AV-8BハリアーIIは、1基のペガサスエンジンから出る空気と排気を4つの可動ノズルで下向きへ曲げることで垂直離着陸しました。シンプルに見えますが、垂直離陸時は重量制限が大きく、ホバリング中は別の姿勢制御ジェットも必要です。
F-35BはLiftFan、可動後部ノズル、ロールポストを組み合わせる別方式へ進化しました。2026年に米海兵隊のAV-8B運用は終幕を迎えましたが、STOVL戦闘機を実用兵器として成立させたハリアーの考え方は、F-35B時代にも残っています。
参考資料
- U.S. Marine Corps:VMA-223 Harrier sundown(2026-06-03)
- U.S. Marine Corps:VMA-231 final Harrier flight(2025-05-29)
- Naval History and Heritage Command:AV-8B Harrier II specifications
- National Naval Aviation Museum:Harrier Vectored Thrust
- Rolls-Royce:Pegasus engine
- Rolls-Royce:PegasusからF-35B LiftSystemへ
- Rolls-Royce:LiftFan / driveshaft / roll posts specifications
- Wikimedia Commons:AV-8B / U.S. Marine Corps / Public Domain
本記事はHarrier/F-35Bの公開技術資料をもとに、STOVL方式の違いを一般向けに簡略化しています。運用手順や飛行包囲線など非公開・専門的な手順を再現することを目的としていません。
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